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福岡高等裁判所 昭和56年(ラ)85号 決定

抗告人

特殊電極株式会社

右更生管財人

梅垣栄蔵

右代理人

三代英昭

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。本件更生計画を不認可とする。」との裁判を求めるというのであり、その理由は別紙記載のとおりである。

一抗告人(以下抗告会社ともいう)は、更生会社(以下単に会社という)の資本金一億円のうち七八〇七万五〇〇〇円を無償消却の方法をもつて減少するのは、株主に不当に損害を負わせるものであり、不公正である旨主張するので判断するに、会社の更生手続開始決定時における資産総額は約一七億四八〇〇万円、負債総額は約一六億九二〇〇万円であり、差引資産超過額が約五六〇〇万円であると評定されていることは本件記録上明らかであるが、更生管財人本田稔作成の昭和五三年六月一〇日付報告書、調査委員木村峰雄、同赤根良一作成の昭和五六年二月二〇日付更生計画案に対する意見書によると、会社は更生債権者に対する弁済財源として売却可能な資産に乏しく、営業収益及び他からの借入金をもつてこれに充てざるを得ない状況にあることが認められ、右の事情を考慮すると、株式を無償消却したこと、それも右の差引資産超過額五六〇〇万円をこえて七八〇七万五〇〇〇円を無償消却する旨定めたことをもつて、不公正ということはできず、右主張は失当である。

二次に抗告人は、本件更生計画が一般の株主については七〇パーセントを無償消却するとしながら、抗告人につき、これとの差を設け、九五パーセント無償消却すると定めているのは不公正、不衡平である旨主張するので判断する。前記各調査委員作成の昭和五三年二月二三日付調査報告書及び前記意見書、被審人会社代表者小渕晴一郎に対する審問の結果、前記更生管財人作成の報告書、中村勲作成の上申書によると、会社は昭和四四年四月抗告会社の生産研究部門を分離、独立させ、抗告会社の代表取締役である江隈一夫一族と抗告会社の役員等の出資により設立されたものであり、その資本構成は発行済株式数二〇万株のうち、大阪中小企業投資育成株式会社が一〇万株、抗告会社が四万〇六〇〇株、右江隈一族及び抗告会社の役員が二万四〇〇〇株であるが、右大阪中小企業投資育成株式会社の持株は転換社債の転換による資本組入によるものであり、出資というより融資の色彩が強く、会社経営には参加せず、抗告会社が事実上の筆頭株主として、次のとおり会社を全面的に支配してきた。即ち、会社の主任クラス以上の重要人事、営業に関する事項は抗告会社の指示により定められ、会社の製品の販売価額も、全売上の九五パーセントを占める抗告会社が指示して決めていた。そのほか、抗告会社の金融機関に対する債務については、抗告会社の指示により、会社が保証し、抗告会社が副業として経営していたゴルフ場の会員券の販売については、会社の幹部がその職務を休んで当たるというふうであつた。そして会社の経営が破綻するに至つたのは、抗告会社がゴルフ場の経営に失敗して倒産し、会社の抗告会社に対する売掛債権が凍結されたことによるものであることが認められる。

判旨以上によると、抗告会社と会社とは最も支配従属関係の著しい部類の親子会社であり、会社の経営が破綻するに至つた原因も抗告会社にあるのであるから、抗告会社の株主としての権利につき他の一般株主との間に、本件更生計画が定めた程度の差を置いたからといつて不当とはいえず、会社法上における株式平等の原則も右のような場合にはその例外を許さないものではないと解するのが相当である。

三さらに抗告人は、本件更生計画が抗告会社を特別利害関係人として更生債権の弁済率を他の債権者の五〇パーセントにしているのは公正、衡平の原則に反し、違法である旨主張するが、前記認定の抗告会社と会社との関係からすると、抗告会社の会社に対する債権はいわば内部的債権であつて、むしろ抗告会社を特別利害関係人として一般の更生債権者より劣位に置くのが公正、衡平の原則に合致するものと考えられ、前記の一般株主の無償消却率、前記調査委員の意見書によつて認められる、会社の抗告会社に対する更生債権の免除率が五〇パーセントであることを勘案すると、本件更生決定が抗告会社につき、劣位に置いた程度も相当であり、右主張は失当である。

四抗告人は、本件更生計画が遂行可能ではない旨主張するので判断するに、前記二掲記の各資料のほか、トクテン溶接棒労働組合長の昭和五六年二月一〇日付、同年三月五日付意見書によると、会社はもともと生産技術も高く、販売価格を抗告会社に抑えられていたとはいえ、会社設立以来昭和五二年三月まで累積損失はなく、同年四月以降更生手続申立時までの経常損失も一〇〇〇万円程度で、それ自体は倒産の原因となるようなものではなかつたこと、更生手続申立後さらに本件更生計画認可後も、東邦アセチレン株式会社などの強力な支援のもとに独自の販路を拡張するなど経営も順調であり、会社の財産状況及びこれまでの実績に照らし、本件更生計画の収支計画及び弁済計画に格別無理な点がないこと、会社従業員一同も本件更生計画に副つて、会社再建に協力することを確認していることが認められ、以上によると、本件更生計画は遂行可能というべく、この点の抗告人の主張も失当である。

よつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(美山和義 前川鉄郎 川畑耕平)

(別紙)

〔抗告理由〕

一 抗告人は、更生会社に対する一般更生債権者(債権額二億二、三三五万二、九三二円)であり、且、株式四〇、六〇〇株の株主である。

会社更生法は、第二三三条において「更生計画は計画が公正衡平且つ遂行可能である場合にかぎり裁判所は更生計画認可の決定をする」と定めているが、本件更生計画は、以下のとおり不公正、不衡平であり、計画の遂行可能性は、甚だ少ないものであるから、本件更生計画認可の決定は違法であり、取消されるべきである。

二 更生計画中、資本一億円のうち金七八、〇七五、〇〇〇円を株式無償消却の方法をもつて減少するのは、株主に不当に損害を及ぼすものであり、不公正である。

(一) 更生会社の開始決定時(財産評定後)における資産総額は約一七億四、八〇〇万円であつたのに対し、負債総額は約一六億九、二〇〇万円、差引資産超過の額は約五、六〇〇万円である。まず、資産超過にかかわらず何故大巾減資を強行されるのか疑問であるといわなければならない。

(二) 財産評定は企業継続価値をもつて評定すべき旨定められている。本計画が指摘する(四頁一九行目)ように「更生会社の弁済財源は売却可能な資産にとぼしい」とすれば、殆どの資産は企業継続の概念をもつて評定すべきである。そうすると、評定時資産の運用をもつて、その後約二年四ケ月間で約二億三、〇〇〇万円と多額の当期利益(別表一及び二比較)を計上しているところからすると、財産評定時の資産の計上が過少であつたとも考えられるのである。

仮に、右収益より飜つて財産評定を行うとすれば、前記資産超過額は、もつと多額に計上されたはずであり、その場合の株式の無償消却による減資は到底考えられなかつたはずである。

(三) 仮に、百歩譲つたとしても、払込資本金一億円を五、六〇〇万円に減資する案ならば、まだ理解できるが、これが七〇パーセント乃至九五パーセント減資というのでは、株主の権利を不当に制限するものといわなければならない。

三 更生計画は、抗告人を含む一部株主につき、他の株主との間に差異を認め、一般株主については持株の七〇パーセントを無償消却するとしているに拘らず、抗告人らに対しては、持株の九五パーセントを無償消却するとしているが、これは明らかに不公正、不衡平である。

(一) 持株については、権利について個別性がなく、画一、無色のものであり、商法上においても株主平等の原則が存在するので、株主の権利に差を設ける実質的理由がない。

(二) 会社更生法は、同性質の権利者間の平等を原則とし、更生債権及び更生担保権についてのみ、例外的に差を設けることを認めているに過ぎず、株主の権利については、差等を設けることを許していないのである。

(三) もとより、不利益の差別をうけている株主が、右の不平等消却を承認しているときは、自らその権利、利益を放棄したものとされるが、本件においては、抗告人を含む差別をうけた株主は、概ね本件不平等消却に反対している。

四 更生計画は、抗告人を特別利害関係債権者として、更生債権の弁済率を、他の更生債権者の五〇パーセントと低率にしているが、これは更生計画の公正、衡平の基本原則に違反し違法である。

すなわち、

(一) 本件更生計画においては、如何なる性質の債権者を特別利害関係債権者としたのか、或は抗告人が如何なる理由により他の債権者に比して、不利益に差異を設けられるべきかについて、何らの説明もされていない。

(二) 抗告人の更生会社に対する債権額は、前記のように多額であるから、抗告人を特別利害関係債権者として、他の一般更生債権者に比して、不利益に取扱うことは、反射的には更生会社のみならず、他の債権者にとつて利益に働くこととなるので、容易に他の債権者の賛同を得られることとなるであろうが、特定の債権者を不利益に取扱うには、これを納得せしめるに足る相当な根拠を必要とするところである。

(三) 更生計画は、この点につき「当会社が特殊電極より分離独立した経緯および当会社の溶接関係売上の約九五パーセントを同社に販売していた等の事情から、当会社は特殊電極に事実上支配され、役員人事のほか製品価額についても殆ど同社の意思によつて定められていた。また金融機関よりの借入れについても、同社の指示によつて行なわれ、当会社は事実上同社の工場に過ぎなかつた」と述べているが、これは、全く事実に反する。

(四) 更生会社は、抗告人会社より分離独立したというものの、抗告人は更生会社の株式総数の29.9パーセントの株式を保有しているに過ぎないもので、更生会社の役員人事に介入したことはなく、まして更生会社を支配したことなど全くない。

(五) また、更生会社は、その製品の九〇パーセント位を抗告人に販売していたが、その製品の価格は両者の協議によつて決定せられていたのであり、その製品の継続的納入及び価格の決定につき、営業上多少有利な立場にあつたくらいで、抗告人が更生会社の不当な管理、搾取をしていたような事実はない。

(六) 更生会社は、本件更生計画において、抗告人とは全く関係のない東邦アセチレン株式会社をスポンサーとして再建する旨定めており、従前のような密接な関係から離れ去つている。

(七) 更生会社と抗告人との間では、相互に多額の債権、債務を負担しているものであるところ、抗告人は自らの更生計画において、更生会社に対し、他の一般債権者と同様の率の支払いを決定しているのに、更生会社が単に抗告人から分離独立したものであるとの理由をもつて本件更生計画においては、一般債権者に対して八〇パーセント、抗告人に対し四〇パーセントと弁済率を定めているのであり、平等、衡平に反する。

(八) 以上の各事実によつて明らかなとおり、抗告人に対し、債権の弁済率を他の一般債権者の五〇パーセントとする更生計画は、合理的理由なくして、債権者間に差を設けるもので、平等の原則に反するものであるから、違法である。

五 更生計画の収支計画表のうち利益計画については、実現性が甚だしく疑問であり、更生計画が遂行可能であるとはいえない。

(一) 更生計画は、弁済資金は営業収益を基本とすると定め、昭和五六年度の売上高を約二五億円とし、以後毎年七乃至八パーセントの売上増加を見込み、これを基本として利益計画を立てている。

(二) しかして、右昭和五六年度の売上高は、従前の売上実績を基礎として算出されたものであると推認されるが、以下のような事情のもとでは、右のとおりの売上高の確保は、不可能であると思料される。

(三) 抗告人は、その取扱商品の大部分を更生会社の製品に求めていたところから、その安定供給を図るべく、本件更生手続を契機として、更生会社との合併について協議を重ね、略合併条件について、合意をみたのであつたが、本件更生計画立案にあたり、突然、一方的に更生会社は抗告人に対し、合併拒否及び東邦アセチレン株式会社をスポンサーとして、更生する旨通知して来た。

(四) しかも、右合併拒否以後は、従来の取引実情を無視して、更生会社より抗告人に対する製品価格の不当値上げの要求、従前の取引契約の変更の申入れがなされ、更生会社において抗告人と競争的販売活動をなすに至つたので、抗告人としても取扱商品の安定供給を得るため、従前の更生会社一辺倒の態度を改め、製品自給及び他社との取引契約の締結を漸次実現しつつある。

(五) 本件更生計画は、自ら「溶接機械の販売を、特殊電極とは別個に独立の営業組織をもち、営業活動を行なうことは困難であること及び自ら営業活動を行なうことは、特殊電極と競業関係が生じ、自ら多大の受注減を招来するおそれがある」と述べておりながら、自らその困難な道を選んだものである。

(六)抗告人は、今後とも更生会社と協調関係を維持すべきとの方針を変更していないが、更生会社が独自の販売組織確立のため種々対外活動をすることは、必然的に抗告人との競争を招く結果となり、抗告人としても、自衛のため前記のような態勢を整えざるを得ず、その結果両者の取引が数量的に減少していくことは否定できないところであり、このまま推移すると、抗告人の更生会社製品の購入は半分以下となる可能性が甚だ強いのである。

(七) 更生計画も自ら「当会社独自の販売組織の確立に努めたが弁済資金調達の面において不安がある」と述べているに拘らず、利益計画においては、略従前どおり或はその七〇パーセント以上の売上高を計上し、これによる利益をもつて更生債権等の弁済の主源資としているのであり、その実現可能性は甚だ少ないといわなければならない。

六 本件更生計画議決のため債権者集会においては、特別利害関係債権者であり、且特別利害関係株主とされている抗告人の反対の意見を無視した他の債権者らの法定数に達する賛成可決がなされ、これにもとづいて原決定がなされたものである。

もともと、他の債権者とこれに比して劣悪な条件を押しつけられている抗告人との間には、その意味で利害の対立があるから、他の債権者らが抗告人の意見を無視して前記のような可決をすることは必然であつたが、裁判所としてはすべからく、前記の事情を検討し、更生計画について公正、衡平が実現するようにその修正を命じる等の措置を講じるべきであつたのに、これをしなかつたのは、会社更生法の趣旨に反する違法のものである。

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